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私は私。

アディッシュ取締役 杉之原明子のブログです。

他と自分を比較しすぎず、でも比較する

 
人生初の比較は親によるものだったのではないかと思う。
「○○ちゃんはすごいわね。それに引き換えあなたは」

小学校にあがると、隣の芝生は青い現象に悩んだ。
「私も○○が欲しい」「○○ちゃんちがうらやましい」

加えて、中学高校は自分の欠点が気になるようになる。
「○○ちゃんができるのに、私はなんで出来ないんだろう」
「どうして物理だけ点数が悪いんだろう」
 
 
『自分にないもの』すべてがうらやましい。
出来ない自分がダメだと思っていた。
 
自分が確立していなかったし、己がなかった。

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1.すごいことはすごい。自分にはないことを認める

会社にはすごい人たちがいる。

結果を出しまくる人、努力する人、枠を設けずに動く人、自分を持っている人、異常に記憶力が良い人、数字に強い人、頭がきれる人、先を見通す人、逃げない人、趣味がもはやプロな人・・・

すごいな、うらやましいなと思う。
私だって!と同じことをやろうとしたこともある。
 
ただ、すごい人たちはあまりにすごい。
私が同じことをやろうとしても足元までも行ける気配を感じない。
同じレベルを目指したら、私の個性が消えてしまう。私がつぶれてしまう。
と思うことが何度もあった。
 
私の強みではないだけだ、と良い意味で比較をあきらめた。
あきらめることは、あの人はすごいと認めることと同じことだった。
(これを、私用語で『違う星認定を出す』と呼んでいる)

同時に、私には私のやり方があるはず。
『違う星認定を出す』ということは、
何が自分の強みなのか、自分の価値と向き合うことでもあった。※1
 


2.でも、そうは言っても、あの人みたいになりたい!

違う星認定を出しつつ、
ただ、本当にあきらめたわけでもないこともある。

憧れってやつだ。

私もそうなりたい!と願い、真似をする。※2
必死にくらいつく。自分を奮い立たせる。

数年後に気づく。
今の私の動きってあの人にそっくりだわ。
あの頃すごいと思っていたことができるようになってるわ。
なんだ、私あきらめられてなかったじゃん!

 

3.超ど級と比較して、自分の強みになるまで続ける

私は、褒められると妙な思考になる。
超ど級にすごい人たちと自分を謎に比較してしまうのだ。

例えば、数年前から「プレゼン上手いね」と言っていただけるようになったが、
でもマックスむらいほどではないし、ジョブズには言わずもがな。
プレゼンが得意です、なんて口が裂けても言えないわけで。

例えば、「毎日忙しいと思うけど」と言われると、
でも社長ほどではないし、SMAPより全然働いてないし。
私、別に忙しくないわ。


何かしら評価いただけるようになっても、なんだか自信がない。
うじうじ。

認めてもらうことと、自分が自分を認めることには時間差があるタイプのようだ。
(これが一致すると「そうなんですよ、私〜」とドヤ顔で言い出す)


 
良い意味で人と比較しない。すごいことはすごいと認める。
でも憧れだと思ったことは、時間がかかろうと出来るようになりたいと思う。
でも少しだけ出来るようになった自分にはしばらく自信がない。
 
この繰り返し。
私ってめんどくさいし、、なかなかしぶといわ!


 
 


※1 自分の強みは何か、考えるきっかけになった話

嫌なら別の方法を考えればいいじゃん - 私は私。


※2 真似することについて考えた記事