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私は私。

アディッシュ取締役 杉之原明子のブログです。

決断とは、積み上げたことを崩してしまうこと(まんまる笑店・恩田聖敬社長)

イベント参加報告
 
想像してみて下さい
ある日突然、手も足も頭も動かせず、話すことも出来なくなる自分を
 
想像してみて下さい
どれだけ頭が痒くても、じっと耐えるしかないやるせなさを
 
想像してみて下さい
鼻水も汗も唾液も、拭えず、垂れ流すしかない情けなさを
 
想像してみて下さい
どれだけトイレに行きたくても、自分でズボンをおろせない惨めさを
 
想像してみて下さい
自分の子供を抱きしめることさえ出来ない哀しみを
 
想像してみて下さい
好きな人が隣にいても、口説き文句も言えず、指一本触れられない切なさを
 
alsとは、こんな病気です。
しかし、私は絶望していません。知覚、思考は奪われてないからです。 
 
 
昨日、株式会社まんまる笑店・恩田聖敬社長のご講演に参加した。
 
テーマは「決断」。
  
 
「もしも、明日、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたら?」「その2週間後、トイレまで歩けなくておしっこを漏らしてしまったら?」
 
我がごととして想像できるだろうか。
 
 
私には、到底できない。
 
恩田社長は言う。「障害者の気持ちは、障害者になってみないと分からない」と。想像を絶するような運命を受け入れ、まさに、命を使っているその姿に、私はしばらく何も考えられなくなった。
 
 

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恩田 聖敬(おんだ さとし)

1978年5月10日生まれ

 
新卒以来、複数のアミューズメント事業会社にて、現場、企画、経営管理に携わり、今に至る。Jトラスト退社後はJリーグFC岐阜運営会社である株式会社岐阜フットボールクラブ代表取締役に就任し、チーム再建のために尽力した。
平成27年11月、ALS(筋萎縮性側策硬化症)の進行とともに、職務遂行に支障を来たすようになったことを受け退任。
2016年4月25日に取締役を退任し、FC岐阜の業務から離れる。
2016年6月30日に「株式会社まんまる笑店」を設立。代表取締役社長に就任。
私生活では、2児の父であり妻も大垣出身という生粋の岐阜人である。
 
 
講演や執筆内容は、iPadを駆使して400文字を2時間のペースで作成し、「ボイスター」というソフトウェアで音声再生をする。内容が内容だけに、私たちが笑っていいのか戸惑うようなシーンも、ユーモアのある表現や問いかけを挟みながら進み、とても練られた構成だった。
 
 
1.「今の自分の感覚を信じる」という決断
 
恩田さんは、京都大学工学研究科宇宙航空工学専攻を修了。在学中に、サービス業の素晴らしさに感動し、アミューズメント企業に入社。5年で取締役になられたという。その後、『サービス業』『岐阜県出身』『経営者』という点が、FC岐阜の代表職を引き寄せる。
 
研究職や官僚という道も当然あっただろうし、築いてきたキャリアをなにもすべて捨てる必要もなかったし、でも、今の自分の感覚を信じて自分で決めてきたと表現されていた。
 
決して天才的にすごい人なのではなく、目の前のチャンスや問題と真っ向から向き合って行動してきた方なのだろう。
 
 
2.「人工呼吸器をつける」という決断
 
FC岐阜は、天職だと思ったそう。しかしそれもつかの間、代表取締役就任直後にALSと診断され、運命は思わぬ方向へと恩田さんを導いた。
 
ALSは運動神経が奪われていく、治療法がない病気だそう。冷静に言うと、いずれ呼吸も止まる。その前に、人工呼吸器をつけるか否かの選択に迫られるという。
 
日本では、7割が人工呼吸器をつけない選択をするのだそう。つまり、死を選ぶということ。理由は2つ。ひとつは、人工呼吸器を一度つけたら最後、やっぱり外すという選択ができないから。それは殺人行為となる。ふたつ目は、自分が生き続けることで、周りの人に迷惑をかけてしまう、そんな現実が隣合わせ。
 
奥さんに状況を打ち明けたときに、「人工呼吸器をつければ死なないんだよね」と言ってもらったこと、ALSと一緒に生きる決断をした瞬間だったという。
  
「もしも、明日、ALSと診断されたら?」「その2週間後、トイレまで歩けなくておしっこを漏らしてしまったら?」
 
私はどんな答えを出すのだろう。答えを出そうと思えているのだろうか。
  
 
3.「障害者起業家になる」という決断
 
FC岐阜という天職を退任することを決断され、その後、昨年、株式会社まんまる笑店を設立。ブログも開設されている。
恩田さん障害者起業家として、執筆・啓発活動や医療、福祉サービスの改善活動の事業をなどを展開しようと奮闘されている。
 
それから、会社設立にあたっては、クラウドファウンディングで800万円以上の支援を獲得された。
 
ご講演では、障害者の助成金や保険金などの制度の障害者支援についての課題にも触れられた。恩田さんが講演活動のために距離を移動しようとすると、ヘルパーなどの同行者が必ず必要で、それだけでコストが倍になる。しかも、経済活動となると、それに対しては助成金が出ないそうだ。例えば。はっとしたのは、企業の障害者雇用について。これは私もすこしばかり知識があるが、これは「障害者が労働者」であることが前提。つまり、「障害者が起業家」は想定されていない。確かに。
 
様々なエピソードを散りばめながら、恩田さんは、決断とは、「積み上げたことを崩してしまうこと」とまとめた。
 
 
4.何だけは成したくて、何だけは伝えたいのか
 
ご講演後の質疑応答は、恩田さんの唇の動きや音を秘書の坂田さんが読み取りながら行われた。恩田さんは、ほぼすべての質問に、一文で答えていた。本当は、話したいエピソードは尽きないだろう。でも、会話に相当な時間がかかるため、長々と話をすることはできない。一文で伝わることのすごさ。やはり、人に思いを伝えてチームで動いていく、その先頭にいらっしゃる方だなと思う。
 
そして、恩田さんが働くという選択をしたのは、「社会とつながりたいから」「人の役に立ちたいから」「子どもに残したいから」
 
 
私も決断について考える。
 
私にとって決断とは、「ありたい姿を実現するために決別すること」。
 
 
人はいずれ、いずれかの形で死ぬ。
 
「もしも、明日、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたら?」「その2週間後、トイレまで歩けなくておしっこを漏らしてしまったら?」
 
そのとき、私が実現したいありたい姿はいったいなんだろう。そのために、何と決別するのだろう。