私は私。

アディッシュ取締役 杉之原明子のブログです。

ところで、視察って何か意味があるんですか?

 
あります。
 
 
私が初めて視察で海外に行ったのはサンフランシスコ。2015年のこと。日本に上陸するであろうシェアリングエコノミーサービスを体感する目的だった。
 
 
そして、先日は、休みを取って、プライベートで活動しているIHLヘルスケアリーダーシップ研究会の有志で企画されたシンガポール視察に参加した。日本とは大きく違うシンガポールの医療事情を体感するためだ。
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IHL代表理事、武藤さんのシンガポールオフィスTETSUYU HOME CAREを訪問


それで、視察って何か意味があるんですか?
 
視察というとなんだか微妙な響きで、「現地に足を運ぶ意味」これが適切な表現だと思う。実際に足を運び、結論、いずれもすごく良かった。

インターネットで手軽になんでも情報が得られる今日において、「現地に足を運ぶ」意味はいったい何か。


1.ホンモノを知る
 
「百聞は一見に如かず」
 
まさに言葉のとおり。2015年のサンフランシスコ視察は、日本に上陸するであろうシェアリングエコノミーサービスを利用する目的だった。airbnbで宿を借り、UberやLiftで車を呼び、ZOZIで空中ブランコを体験し、SpoonRocketでランチを頼み、Eatwithでシェフの家でディナーをいただいた。特に、初めてUberを利用したときの感動は忘れられない。いくらググって情報収集したとしても、この感動は実際に使ってみないと分からない。
 
2.断片的な情報が線になり、自分事として語れる
 
加えて、複数の人から話を聞くことで、インターネットで調べた断片的な情報が線になる。これはシンガポール視察で強烈に感じた。ベンチャー企業エンジニア、大学教授、病院経営者、医師。それぞれの角度からシンガポールの医療事情を伺うことで、情報がつながる、いきなり肌感を持って理解できる瞬間があった。

それらの体感を経て、シェアリングエコノミーにしろ、シンガポールの医療事情にしろ、プロには遠く及ばないが、私なりに自分の言葉で語ることができる。足を運び、体感することで、自分事として語れるのだ。
 

3.今後の判断に必ず影響する
 
言っても、いくら視察しようと、いきなり何かが変わるわけではないし、変えられるわけでもない。シェアリングエコノミーはまだしも、今の私には、シンガポールの医療事情がすぐに必要になるような見通しもない。それでも、新たに得た点はいつかつながる日が来るはずで、今後、もしそのつながりに気づいたとき、自分事として議論に参加するし判断もするだろう。
 
そもそも、点がなければ線もないのだ。

 
今後も、仕事・プライベート問わず、機会を掴んで行きたい。(そうであるから、英語の勉強を引き続き…!)



 
 

#参考URL
 
#17/7/9追記
スタディーツアーの様子