私は私。

アディッシュ取締役 杉之原明子のブログです。

グローバルと女性と経営会議

1月7日に開催された「第75回ゴールデン・グローブ賞」の授与式、参加した俳優らが約300名が黒の装いで登場したと言う。ハリウッドで相次いで発覚したセクハラ問題を受けてとのことだ。プレゼンターとして登場したナタリー・ポートマンの発言「候補者は全員、男性だけどね」も取り上げられている。

 

さて、私は、2015年1月にガイアックスグループ経営会議に参画した。ちょうど3年が経つが、ずっと唯一の女性メンバーだ。

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経営会議に求めるものは『グローバルと女性』

私が参画した当時、ガイアックス上田さんが「経営会議に求めるものは『グローバルと女性』」と語っていた。もしかしたら誰も覚えていないかもしれないし、どこにも残っていないかもしれない。でも、私は鮮明に覚えている。なぜなら、この言葉があったから、『グローバル』に関してはガイアックスグループTOEIC企画の進行を担当してきたし、そして、『女性』に関して長らく悩むことになったのだ。

 

私は、果たして、求められている『女性』なのか?

『女性』と聞いて、まっさきに私が思い浮かべたのは、子どもを持ちながら働く女性。もし私にその『女性』での何かが求められていたとするならば、そうであれば、私は適任ではない、という思いがずっとあった。経営会議に参加する唯一の女性として、私は『女性』というワードが苦しかった。

 

『女性』に何を求めているのだろう

私がメンバーに選出されたことを考えると、女性に求めることは「多様性が生み出すイノベーション・偶発性」なのではないか。しかし私は、男性と同じような、いや正しくは、今まで経営会議を担ってきた人たちと同じようなバックグラウンドをたどってきた人間だ。足りない。多様性が足りない。全然足りない。

 

なぜ、経営会議に『女性』を増やせないのだろう

いままでの経営会議のやり方で候補者を選出しようとなると、事業部長職に就く女性が候補者となりやすい。そうすると、事業部長に占める女性の割合が関係してきて、必然的に検討テーブルに上がる女性は限られてくる。もちろん、母数から変えるという施策も同時に走らせたほうがいいと思うが、これはどうしても時間がかかる。

 

多様なバックグラウンドを持った人が経営に参画できるようにするには

「多様性が生み出すイノベーション・偶発性」を考えると、もっと多様なバックグラウンドを持った人が参画できるようにしたい。そういう意味では、性別の話ではない。いままでのやり方ではそういった人がテーブルに上がりづらいなら、経営会議の在り方を変えちゃえばいいじゃん!が、私が考えていることだ。経営会議で扱う議題を分散させる。ヒト経営会議、財務経営会議、グループシナジー経営会議など。中には「候補者は全員、女性だけどね」なんていう経営会議もあるかもしれない。

 

『女性』ではなく、『私』

経営会議に参加してみて感じたのは、扱われる議題に対するスキルセットが自分に圧倒的に足りないという現実だった。本当に持っているモノしか役に立たない、厳しい環境である。結局、『私』が持ちうるものしか発揮できないのだ。だから、前述の案が成立するのではないかと考えている。

そういう意味では、誰も『女性としての杉之原』なんて期待していなかったんじゃないかと思う。私が勝手に縛られていただけだったのだろう。

 

ちなみに、経営会議に参画しなくても状況は変えられる

余談だが、昨年の経営会議の忘年会は、私が参加した過去3回の中でも特に印象深かった。なぜなら、会話の三分の一くらいが出産や育児の話だったからだ。私が会話に入っていけなかったほどだ。あら。男性経営陣10名を見渡せば、いつの間にかパパばかり。一生懸命に学び合っている光景は微笑ましく、世界中に、ほら可愛いでしょうと叫びたかった。

 

今年も、女性や働き方に関する話題が溢れる年になりそうだ。男女比を見ると男性ばかりのガイアックスグループ経営会議だが、不都合や不便に思っていることを、近くにいる経営会議メンバーに表現すれば、何かしら前に進む土壌である。これだけは断言しておきたい。