あえて文字にして情報発信をする、ということ
私は国語が大嫌いだった。すべての始まりは小学校4年生の頃。
通っていた学習塾の国語の授業で、ひとりひとり音読をする時間があった。まわりの生徒がすらすら読んでいる姿に圧倒される一方、私は壊滅的だった。
そのときの、「大丈夫、この子?」的な空気がしんどく、以来、音読はもちろん、書くことからも逃げるようになる。
高校1年時、国語が嫌いだからという理由だけで理系を選択。御礼状を前に1時間机の前でただ座って過ごす。年賀状が書けずに放置するのは毎年のこと。
そんな私が社会人になって驚いたのは、文章を書く機会の多さだ。
しまった。私、文章が書けないよ。
上司は大変だったと思う。メールを一言一句添削、すべてのパワポにがっつり赤を入れ、本当に手とり足とり見ていただいた。
初めて書いたプレスリリース原稿。
上司「…えっと、これ、あとどのくらいいける?」
ぐ…(もう無理です、、、
1.誰に何を伝えたいんだっけ。メールの構成を考える
私がなんとか文章を書けるようになったのは、議事録のおかげかもしれない。
文章を書く、というよりは、このメール一通、誰に何を伝えたいのか。
構成を考える。
2.伝えたい!この思い!!
私が文章の威力を感じるようになったのは、事業リーダーになってからのように思う。
お客様にいただいた一言をチームに伝えたい。
このチームの意義を拠点を越えて事業全体に伝えたい。
この施策・人の素晴らしさを事業を越えて会社全体に伝えたい。
年に何回か、メールや手紙を綴るようになった。
不思議と、ハートが震えるような思いや出来事は、文章が書ける書けないの次元ではない。突き動かされてキーを打ち続けるような感覚だ。
もちろん、明るい話題だけではなく、私たちの至らなさについても、どうしても伝えなければいけない、まとめなければいけないことがある。
3.あえて文字にして情報発信をする
文字にすることの良いところは、内容を体系化及び抽象化できる点だと思っている。
体系化・抽象化できれば、汎用化できる。
それを見た他の事業やチームの何か役に立てれば嬉しいし、いろいろなチームに採用されて会社のスタンダードになった日には最高だ。
あえて文字にして情報発信する。
この積み重ねで、あの人ってこういう分野に知見がありそうと思われれば、自分の得意とする仕事が寄ってくる気すらする。
取り組んだこと、成果に結びついたこと、失敗したこと、自分やチームの中で閉じてるなんてもったい!